感覚機能の加齢変化

私自身もまもなく80歳の老人である。歳をとると人間は老化するが、これは人により大幅に異なり、元気な人も衰えた人もいる。

しかしながら個人差はあっても大なり小なり加齢により感覚は変化する。

 


加齢効果という言葉は本来、発達と老化の両方の過程が含んでいるはずであるが、加齢効果という言葉は老化と同意語に使用されている。


加齢に伴い感覚機能の低下とともに、外部刺激に対するデータの処理部である脳の機能も徐々に衰える。この両者の相乗効果により、一定年齢を越えると人は皆、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、体性感覚等の感覚機能能力の低下を招く事になる。

耳が遠くなる、目がかすんでくるなど高齢者の感覚機能の低下は、最も明らかな老化の兆候の1つである。この加齢に伴う感覚機能の低下は、老年者の日常生活に多くの障害をもたらしていると考えられる。

加齢による感覚機能変化 

感覚機能は、生体の外部及び内部環境に関する情報を検知して中枢神経系に伝える重要な機能を担っている。

一定年齢を越えると人間の体の細胞数は減り、生理機能が減退する。脳の神経細胞は1日に10万個ずつ死滅していくと言われている。また、80歳の人の神経伝達速度は30歳時の速度の80%になることが判明しており、各種感覚器からの反応が鈍くなる。

目では老眼の進行による視力低下、老人性白内障、緑内障、網膜疾患等による視力低下や視野狭窄をもたらす。

耳ではまず高い音が聞こえ難くなり、次第に日常会話における聞き取りも難くなってくる。

鼻ではにおいを感じる嗅細胞や感覚神経の変性により、嗅覚機能の低下が起こる。


これら加齢による感覚系器官の変化は平均値としては、比較的著明に機能低下が見られるが、高齢者の感覚機能変化は、前述のように加齢とともに個体差が大きくなる特徴を示す。


一般に高齢者と言うが、老年医学会の分類では、高齢者を老齢前期(65~74歳)、老齢後期(75~84歳)、超高齢期(85歳以上)に分けて取り扱っている。


 

脳の加齢による変化

全ての感覚機能が脳に関係している、脳は細胞から出来ており、脳を構成する細胞には幾つかの種類があり、その細胞特有の役割を果たしている。
脳細胞とは、実は何種類もの細胞をまとめた表現であり、実際には、脳は神経細胞とグリア細胞の集合である。
神経細胞は、その数140億といわれており、グリア細胞は、大脳でおよそ400億個と見積もられ、脳の全容積の40パーセントを占める。

これらの細胞を脳という形にまとめるためにはこれを1つに固める膠細胞が必要であり、約2兆個もある膠細胞により平均重量1400グラムの人間の脳が構成されている。

生まれたばかりの赤ちゃんの脳容積は、成人の脳の4分の1ぐらいしかないが、成人ほとんど変わらない数の細胞がすでにある。

脳の大きさの方も6歳ぐらいですでに大人と同じぐらいになる。
脳の働きの要は140億の神経細胞であるが、これは誕生時にすでに140億揃っており、そのあとに増えたり分裂したりすることがなく、一生同じ細胞が働く。

ただし、細胞を包んでいる膜は新しいものと交換される。膜が新しくなることで、細胞の働きは維持され、あるいは、死滅することを予防している。これを代謝回転という。

代謝回転は、加齢によって機能低下をきたしてくるため、結果的に神経細胞の働きを阻害することになる。膜がきちんと古いものから新しいものにならない場合、膜の変質(傷ついたり、酸化したりする)が生じ、シナプスの情報伝達がうまくいかなくなる。

つまり膜が硬くなり弾力性が低下する。加えて脳血管の血流量が減り、栄養が行きにくくなり、精神活動に支障が出る、脳にきちんと一定量の血液が行き、栄養状態がよければ、代謝回転もよく、脳細胞はいきいきしていることになるが、脳血管障害がここで足を引っ張ることになる。つまり、脳血流量は脳活動を維持する命綱である。

脳の老化でいつも話顔になるのは、老化に伴っておこる脳細胞の死である。しばしば、人間の脳では、おとなになると毎日10万個の細胞が死んでいくという話を聞く。

脳細胞はおとなになってから増殖することはないので、この結果、全体の細胞の数はどんどん減っていくことになる。仮に1日10万個の死滅とすると70年間に、約25億個の細胞が死ぬことになるが、そうすると脳細胞数全体の約4分の1が死滅する計算になり、年老いた人は頭がぼけてくるのはもっともな気がするが、実際に脳の重量は若い成人の脳よりも100グラムぐらい軽く重量で約7%の減少である。

 

加齢による視覚特性の一般的変化

老人の視力はとくに目の病気がなくても生理的な水晶体の透過率の減少(水晶体が濁る)、老人性の縮瞳(年齢とともにひとみが小さくなる)などで目に入る光の量が少なくなること、及び網膜の視神経から視覚伝導路及び大脳中枢までの機能低下のため徐々に低下して行く。

この結果、視力は45歳から75歳までは直線的に低下し、75歳を過ぎると加速度的に下降するといわれている。目の老化は防ぎようがないが、老化と共に増える目の病気に対しては正しい病気の正しい知識をもっていれば病院受診の時期を失しないですむ。 


(1)調整力

近くを見るときに使う目の調整力(水晶体を厚くする)低下を原因として起きる老眼は、病気ではなく、加齢に伴う生理現象である。

この調整力はジオプトリー、Dという単位で表す。この調整力は幼児で20Dあるが、30歳で6D、40歳で4D、50歳で2D、60歳で0.5Dと低下し、その後は緩やかに低下する。

老眼のはじまる平均年齢である42、43歳での調整力は3Dぐらいであり、正視の人では1m/3=33.3cmであるが、この距離は微妙でパソコンなどは良く見えるが辞書のような細かい字を手前に近付けて見ようとすると字が霞んで見え、これにより老眼を自覚する。


(2)水晶体の変化

水晶体の濁りは、光を屈折させるために必要なクリスタリンと呼ばれる蛋白質が加齢とともに変性、凝集して起きる。

この蛋白凝集はラジカル反応による分子間架橋、アミノ酸残基のラセミ化、グルコース付加や酸化などの反応が生じたためである。このような反応が起こる原因の1つとして、レンズ細胞のプロテアーゼ活性の低下が関与すると言われている。

(a)加齢性白内障

水晶体は囊という薄い膜の袋で包まれている。水晶体の囊の内側は、タマネギのように重なった皮質に囲まれており、中央に核がある。

加齢性白内障のほとんどは皮質の周辺から濁る皮質白内障からはじまる。そのため、初期には瞳孔の外側に生じるので自覚症状が出ないが、濁っている部分が広がると全体に暗くなり、細かい文字が見にくくなったり、水晶体で乱反射が生じるために明るい環境でまぶしく感じたりする。


(b)加齢による水晶体変化

水晶体の主成分のクリスタンという蛋白は一度合成されると生涯分解されない長寿命蛋白であり、酸化等の影響で透明度が低下し黄色みをおび弾性が低下する。

この結果、先に述べた調整力の低下と共に透過率が低下する。同時に色覚の変化にも関与し、青や紫の識別能の低下に関与すると言う説もある。

一方、水晶体黄変に伴って網膜に到逹する光の波長成分は変化する。しかし、網膜に到着する光の波長成分は変化していても色知覚は変化しないのではないかとの説が有力である。

人には照明光の変化に伴う視野全体に及ぶスペクトルの変化に対しては、同一物体に対する色知覚を安定させる色恒常性と呼ばれる作用が脳にあり、変化の多くが補正される。

さらに、加齢による水晶体の黄変は数十年を経て除々に進行するのでこの効果を補償するメカニズムも徐々に変化していると考えられる。加齢に伴い上記の水晶体黄変濃度は進み、そのために分光透過度は減少する。

(3)瞳孔径の収縮現象(老人性縮瞳)

水晶体以外の視覚の加齢効果として、瞳孔径の収縮現象(老人性縮瞳)がある。

瞳孔径が小さくなる結果、網膜照度が低くなる傾向を示している。

具体的には、網膜照度を同じにするためには、先の水晶体の透過率減少と併せて80歳の場合で20歳の若年者に比べて4~5倍照度が必要になることが示唆される。


(4)明暗順応時間

網膜には2つの視細胞があり、明所では錐体が、暗所ではかん体が働くことは目の働きのところで述べた通りである。

錐体は中心(視野の中心)に多く分布しており色彩や物の見え方に大きく影響し、かん体は網膜全体に分布しており色彩の判別はうまくできないが微光に対して敏感である。

一般的な照度値でいうと約10~10万ルクスでは物の形と色がはっきりとわかる錐体が働き、0.001~0.01ルクスでは物の明暗だけがおぼろげに見えるかん体が働き、そして0.01~10ルクスでは中間の視感度になるが錐体、かん体が共に働くがそれらの寄与の仕方は明るさと共に変化し複雑である。

明るさへの順応では、暗順応と明順応という現象がある。明るいところから暗いところに入ってしばらくすると部屋全体がおぼろげに見えてくる。このような現象を暗順応という。この時、明るさの差が大きければ大きいほど順応に時間がかかる。

普通、暗順応には約10~30分かかる、逆に、暗い所から明るい所への順応である明順応は早く移行し、これに要する時間は約0.5~1.0秒と言われる。

加齢により網膜視神経細胞の内杆体の減少が大きく、暗順応時間が長くなると共に光を感じる閾値が極端に劣化する。

(5)視野

一般に目を固定して見える範囲を視野(静視野)という。

片目での最大視野は150°(水平角)にもなるが、視角にして約1°強の中心部分の視力が大きく、物を注視し詳細な情報を得るという機能を持っており、視野全体を一様の精度で見ることはできない。

中心約1°強以外に相当する部分は周辺視と呼ばれ、光の点滅を感ずる能力や運動する物体を発見する能力を持っている。

加齢とともに人間の視野は、まぶたの筋肉が垂れ下がることで、特に上下方向の視野が若年者の視野に比べ狭くなると言われる。

また、単なる見えだけの視野ではなく、視覚的な情報を収集できる有効視野も加齢により狭くなる。また、頭部運動や眼球運動の低下も視野の狭窄にあわせ加齢による周辺視野や下記に述べる動態視力に影響する。

(6)動く物を見る視力(動態視力)

見る人あるいは対象が移動している状況では、視力低下が生じる。動いている対象を見るときの視力を動体視力と呼ぶ。近距離では角速度が大きくなるので動態視力は著しく低下する。

この動態視力も加齢ととともに低下する。これには水晶体の厚さを調節する毛様体筋の緊張性の低下や毛様体筋を支配する副交感神経の機能の低下も関与する。



加齢による聴覚特性の一般的変化

聴覚は耳の機能である。耳の機能は音を検出することであるが、その音を分析して会話を理解する複雑な機能である。難聴の人は外見からは見分けにくいだけに、耳の聞こえない人は目の見えない人より社会から一層疎外されやすいとの指摘もある。

自分に聞こえていなくても周囲の人に聞こえているかどうか不明な場合、聞こえていないことを伝えられないために社会でのトラブルを生みやすい。寝ている間も働いている聴覚は重要である。

齢とともに難聴が生じやすくなる。65歳以上の人たちの4分の1には難聴があり社会生活をやや困難にしている。60歳代以降では聴力低下が高音域からはじまり、進行すると低い音も聞こえなくなる。この場合聞こえの低下は、両側同程度に進行する。

老人における聞こえの低下は、中枢神経にも変化があるので、語音弁別能の低下がある。この場合には、音は聞こえても意味がとりにくいといった問題がある。

(1)加齢による聴力低下

高齢者では、一般に低音域の聴力は保たれているが、1KHz以上の高音域の聴力は著し低下する。

聴力検査をすると、難聴を自覚してなくても4000ヘルツ、8000ヘルツの高音域では検査値が悪い。これはすべての人に共通した現象である。

外耳や中耳には加齢による変化は認められない。病理学的には蝸牛、蝸牛神経、脳幹と聴皮質の3つの部分が老化する。

これは、蝸牛内の有毛細胞が、中耳に近い基底回転の方から壊れるためであり、加齢によりこれが促進される。

典型的な老人性難聴のヒトでは、内耳のコルチ器官にある感覚受容器細胞である内有毛細胞や外有毛細胞がところどころ失われている。

この有毛細胞の喪失は、主に蝸牛の基底部近くに限られており、そこを支配するラセン神経節ニューロンの退化を伴う。

蝸牛の基底部近くは高い音に対する感受性が高いため、この部位の感覚受容器細胞の喪失は音高に対する感受性低下の原因として重要であると言われている。

中枢神経系に関しては、下位の聴覚中枢のニューロン数は比較的良く保たれているが、大脳皮質の聴覚中枢ではニューロン数が著しく減少する。

有毛細胞以外にも、血管条、有毛細胞をのせている基底板の変化、さらに有毛細胞からのインパルスを中枢に伝える神経細胞(らせん神経節細胞)と神経線維の脱落や変性がある。

このらせん神経節細胞は10歳代に3万数千あったものが90歳では1万8000に減少しているという報告がある。つまりらせん神経節細胞は、1年に200個ずつ消滅している。

音刺激を伝える上位の脳幹の中継核にある神経細胞、大脳皮質の細胞も、加齢とともに減少する。

(2)難聴

85歳以上になると、約半数の人に難聴が見られ 特に男性に多い。ただし、高齢者の聴力には個人差が大きく難聴の原因も多岐にわたる。

聴覚に関与する伝音部(外耳道・鼓膜、耳小骨)と感音部(内耳から聴覚中枢)の各部位にさまざまな加齢変化が起こり、いずれも聴覚に影響する。

耳垢が原因になっている場合も多い。これは、外耳道の汗腺が減少するために耳垢が乾燥し、取り除きにくくなるためである。

(a)老人性難聴

普通、老人性難聴という場合は感音性難聴のみを指す。これには下記の異なる原因に基づく障害が考えられる。
①内耳の感覚細胞の変性
②感覚細胞を支配する蝸牛神経線維の変性
③血管条の障害
④基底膜の硬化

(b) 言語の理解力の変化

言語の理解カに最も影響するのは、上記の感覚細胞を支配する蝸牛神経線維の変性による感音性難聴である。
聴覚中枢については、特に上位中枢が加齢で障害されやすい。

大脳皮質のなかでも聴覚連合野に当たる上側頭回のニューロン減少は、90歳で成人の50%と著しいと報告されている。

上述したように加齢に伴い聴力は一般に高音域から低下していき、徐々に会話に重要な3,000~2、000Hzの音域にも及んでくる。このため、低周波からなる母音は聞こえるが高周波からなる子音が聞き取りにくくなる。

このため、話しているのはわかるのに意味がわからない。特に高い声の子どもや女性の声が聞き取りにくくなる。

また、老人性難聴では静かなところではほとんど問題がなく聞き取れるが、騒音のなかで人の話を理解することが困難になる場合が多い。

高齢者の語音聴力の低下は普通の会話では余り目立たないが、早口の場合や反響などがある場合、電話の音声のように1秒に何回もの音声遮断が繰り返されるなどの悪条件下で著しい。

(3)方向感

加齢による影響を著しく受けるものの1つに、方向感を検出するための音の到達時間差検出能がある。
60歳を過ぎると平均値では次第に閲値が高くなるがこの理由として、脳幹から聴皮質にかけての加齢による神経系の変化を挙げ、神経線維の数の減少を疑う説がある。

方向感自動記録装置を用いた高齢者の研究では、500Hzバンドノイズでは65歳以上の群では、若齢者よりも閾値が高く、加齢による後迷路障害の影響であるとの報告がある。

しかし、加齢による難聴は生理的な加齢では後迷路性の障害よりも、内耳性の難聴の影響が中心であると思われる。後迷路性難聴(こうめいろせいなんちょう)とは 内耳より先の、聴神経や脳の問題で起こる難聴である。

方向感については正常範囲の結果を示す高齢者も少なくなく、単に平均値をとれば閾値は高くなる。



臭覚機能

臭いと感じる感覚は人間以外の哺乳動物では、視覚、聴覚よりも重要な感覚機能である。しかし、聴覚が働かなくなるとガス漏れに気付かなかったり、腐った植物をうっかり口に入れたり、火事に気付くのにおくれたりと生命の危険にさらされることになる。


加齢による嗅覚特性の一般的変化

健康な高齢者では、味覚はよく維持されるが嗅覚は低下する。嗅覚の低下は60歳頃よりはじまり、70歳以上になるとさらに著しく低下するが、個人差も大きい。

五感の中では、加齢による機能低下に関し、味覚や嗅覚などの化学感覚はそれほど重要でないと考えられがちであったが、最近、高齢者の食欲減退との関係が注目されている。

食欲は、性欲などとともに、健全な生活のために重要であるうえ、栄養状態、免疫機能、体重維持などに重要であり、健康維持に深くかかわっている。
特に嗅覚は、外界の危険や快楽に関する情報を与える役割をもち、記憶の想起にも関与しており重要視されている。


(1)嗅覚変化の要因

高齢者では、嗅覚の閾値、匂いを区別する力も低下する。これは、受容器細胞である嗅細胞や嗅球の神経細胞の減少によるところが大きい。

嗅細胞は絨毛を鼻腔の中にのばして直接外界と接しているため傷害を受けやすい。嗅細胞だけでなく基底細胞や支持細胞も減少し、これらの細胞が存在する嗅上皮は徐々に呼吸上皮に置き換わる。

嗅覚の中枢である嗅球の僧帽細胞(mitral cell)は老化により著しく減少する。この減少は嗅上皮の嗅細胞減少による2次的な効果との考えもあるが、このニューロンの変性が先に起こっている可能性もある。